■ 明太子の歴史 明太子(めんたいこ)は、スケソウダラの卵巣をたれに漬け込んで味付けしたものですが、 元は韓国で食べられていた「たらこの辛子漬け(明太)」がオリジナルのようです。 「明太子」という名前は、韓国・朝鮮語でスケトウダラのことを「ミョンテ」と言って、 韓国の漢字語で「明太」と表記することによります。 日本では、昭和初期には下関ですでに現在の辛子明太子と同じようなものが作られていたらしいです。 よく知られるようになったのは、戦後、引揚者だった川原俊夫(ふくや創業者)が日本人向けの味にアレンジして1949年(昭和24年)から販売してからです。 当初はなかなか売れなくて、たれの工夫をかさね苦労の末いまの味にたどりつきました。 韓国の明太の子供ということで「明太子(メンタイコ)」と川原氏が名付け、 それが一般に広まりました。 また川原氏が製法特許権を取らないで、あえて博多の同業者に作り方を教えてひろめたことで、博多名物として定着していきました。 さらに1975年(昭和50年)に、山陽新幹線が博多駅まで開業したことで、博多名物として明太子の名は全国に知られるようになり現在にいたっています。